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東京地方裁判所 平成元年(ワ)13621号 判決

原告

扇有希

原告

扇利行

原告兼右扇有希及び扇利行法定代理人親権者母

扇静湖

右三名訴訟代理人弁護士

樋渡源蔵

右同

樋渡俊一

被告

青森定期自動車株式会社

右代表者代表取締役

齋藤照二

被告

木村誠

被告

日産火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

川手生巳也

右三名訴訟代理人弁護士

藤崎生夫

主文

一  被告青森定期自動車株式会社及び同木村誠は、連帯して、原告扇静湖に対し金九二九万三一六〇円、同扇有希及び同扇利行に対し各金四六四万一五八〇円、並びにこれらに対する平成元年七月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告日産火災海上保険株式会社は、同青森定期自動車株式会社に対する本判決が確定したときは、原告扇静湖に対し金九二九万三一六〇円、同扇有希及び同扇利行に対し各金四六四万一五八〇円、並びにこれらに対する平成元年七月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の各請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを四分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告らの負担とする。

五  この判決は、原告ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  (主位的)

(一) 被告青森定期自動車株式会社及び同木村誠は、連帯して、原告扇静湖に対し金三二二六万三六六三円、同扇有希及び同扇利行に対し各金一六一三万一八三一円、並びにこれらに対する平成元年七月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 被告日産火災海上保険株式会社は、同青森定期自動車株式会社に対する本判決が確定したときは、原告扇静湖に対し金三二二六万三六六三円、同扇有希及び同扇利行に対し各金一六一三万一八三一円、並びにこれらに対する平成元年七月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  (予備的)

(一) 被告青森定期自動車株式会社及び同木村誠は、連帯して、原告扇静湖に対し金三五三二万七二一三円、同扇有希及び同扇利行に対し各金一七六六万三六〇六円、並びにこれらに対する平成元年七月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 被告日産火災海上保険株式会社は、同青森定期自動車株式会社に対する本判決が確定したときは、原告扇静湖に対し金三五三二万七二一三円、同扇有希及び同扇利行に対し各金一七六六万三六〇六円、並びにこれらに対する平成元年七月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  1(一)、2(一)及び3につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生(以下、この事故を「本件交通事故」という。)

(一) 事故の内容

昭和六三年一月一〇日午前七時二〇分ころ、新潟県岩船郡〈番地略〉先国道七号線上において、大型貨物自動車(青森○○○○○○。以下「加害車」という。)が、カーブを曲りきれずにセンターラインを越え、折から対向車線上を走行してきた普通貨物自動車(庄内○○○○○○。以下「被害車」という。)と衝突するという事故が発生した。

(二) 事故の結果

亡扇要一(以下「要一」という。)は、被害車に同乗していた者であり、本件交通事故により、脳挫傷、頭蓋骨骨折、頭皮裂傷、肋骨骨折及び開放性左下腿骨折の各傷害(以下「本件傷害」という。)を負った。

2  責任原因

被告らは、次の理由により、それぞれ、本件交通事故により要一が被った損害額に相当する金員を支払うべき責任がある。

(一) 被告青森定期自動車株式会社(以下「被告青森定期」という。)

被告青森定期は、加害車の保有者であり、自己のため加害車を運行の用に供していた際に、本件交通事故を発生させたのであるから、運用供用者として、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条本文により損害賠償責任を負う。

(二) 被告木村誠(以下「被告木村」という。)

被告木村は、加害車を運転していた者であり、本件交通事故現場はカーブが連続する場所である上、当時、現場の道路上には厚さ一センチメートル程度の圧雪があり、路面は凍結している状態にあったのであるから、速度を落とす等して走行すべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然と時速約六〇キロメートルの速度で走行した過失により、本件交通事故を発生させたのであるから、民法七〇九条により損害賠償責任を負う。

(三) 被告日産火災海上保険株式会社(以下「被告日産火災」という。)

被告日産火災は、同青森定期との間で、加害車につき自動車対人賠償責任保険契約(保険金限度額無制限)を締結していたところ、右保険契約によれば、被保険者である被告青森定期の損害賠償責任が確定判決により確定した場合には、損害賠償請求権者たる原告らは、被告日産火災に対し、同被告が被保険者に対し填補責任を負う限度で被告青森定期が負担する法律上の損害賠償責任の額の支払を直接請求できる旨規定されているから、原告らは、右保険契約上の直接請求権を行使する。

3  要一の治療経過及び死亡に至る経緯

(一) 要一は、本件傷害について、鶴岡市立荘内病院(以下「荘内病院」という。)の脳神経外科、整形外科及び眼科に入通院を行って治療を受け、後遺障害を残して症状が固定した。

右入通院経過及び後遺障害の各内容は、次のとおりである。

(1) 入通院経過

ア 入院 本件事故日である昭和六三年一月一〇日から同年三月一六日まで及び平成元年二月二〇日から同年三月一日まで

イ 通院 昭和六三年三月一七日から平成元年二月一九日まで及び同年三月二日から同年六月二八日まで(以上の通院期間中の実通院回数は、脳神経外科三八回、整形外科四九回)

(2) 後遺障害(以下「本件後遺障害」という。)

ア 精神、知能の障害(一九八八年五月二六日施行の知能テストでは、知的機能の低下著明。WAIS知能検査の結果は、言語性IQが「課題を理解できず評価不能」、動作性IQが「六四」。)

イ 肩関節運動制限(伸展=自動・右七〇度、屈曲=自動・四五度、外転=自動・八〇度)

ウ 複視

エ 左腓骨神経麻痺

(二) 要一は、平成元年七月四日午後三時ころ、山形県西田川郡温海町大字温海字金営坂納豆屋沖海中(通称釜屋坂海岸)において、貝採りを行っている最中、心臓麻痺を起こして死亡した(以下「本件死亡事故」という。)。

(三) 本件死亡事故は、酒気を帯びた状態で水温摂氏二〇度の海中に入るという正常な判断能力を有している者であればなさないような行動の結果生じたものであり、要一が右行動をとった原因は、本件傷害及び後遺障害により一種の神経衰弱状態ないしアルコール依存症に陥っていたことにある。したがって、要一の死亡と本件事故との間には相当因果関係が存在し、被告らは要一の死亡による損害についても責任を負うべきである(主位的請求)。

仮に、要一の死亡と本件交通事故との相当因果関係が否定されるとしても、被告らは本件交通事故によって生じた本件後遺障害に基づく損害の限度においてはその責任を免れない(予備的請求)。

4  損害

(一) (主位的請求)

(1) 治療費 金三七三万〇七七八円

(2) 入院付添費 4000円×14日+2000円×53日 金一六万二〇〇〇円

原告静湖は、夫である要一の前記入院に際し、付添看護を行ったが、右付添費用としては、次のとおりとするのが相当である。

ア 入院期間中、昭和六三年一月一〇日から同月二三日までの一四日間については終日看護を行ったことから一日あたり金四〇〇〇円。

イ その後の五三日間については連日通院して看護を行ったことから一日あたり金二〇〇〇円。

(3) 入院雑費 1200円×77日 金九万二四〇〇円

(4) 医師等への謝礼 金一〇万円

(5) 文書料 金二万七一八〇円

(6) 通院交通費 (460円+700円)×2×38回 金八万八一六〇円

(7) 葬儀費用 金一三〇万円

(8) 休業損害 537万2300円×1.483金七九六万七一二〇円

要一は、本件交通事故により、その事故日である昭和六三年一月一〇日から死亡日である平成元年七月四日までの間、休業を余儀なくされたが、本件事故に遭わなければ少なくとも、右期間につき一年あたり金五三七万二三〇〇円(昭和六二年賃金センサス産業計・企業規模計・男子労働者・学歴計・四三歳の平均賃金額)の収入を得られたであろうと推測されるから、この金額を基礎として休業損害を算定すると右金額となる(右1.483は、休業期間日数を年数に換算した数値である。)。

(9) 死亡による逸失利益 537万2300円×(1−0.3)×13.4885

金五〇七二万四九八七円

要一は、死亡当時満四四歳であったから、就労可能年齢である六七歳までの二三年間の逸失利益は、前記年収額(金五三七万二三〇〇円)を基礎とし、生活費控除率を三割として、ライプニッツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、右金額となる。

(10) 慰謝料

ア 入通院慰謝料 金二〇〇万円

イ 死亡慰謝料 金二二〇〇万円

(11) 弁護士費用 金五八六万六一二〇円

(二) (予備的請求)

(1) 治療費、入院付添費、入院雑費、医師等への謝礼、文書料、通院交通費、休業損害及び入通院慰謝料については、主位的請求と同じ。

合計金一四一六万七六三八円

(2) 本件後遺障害による逸失利益537万2300円×0.67×13.1630

金四七三七万九四四一円

要一が被った本件後遺障害は、併合して自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表の第六級に相当するところ、要一は、右後遺障害によりその労働能力の六七パーセントを喪失したから、就労可能年数を二二年間とした場合の逸失利益は、前記年収額(金五三七万二三〇〇円)を基礎とし、ライプニッツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、右金額となる。

(3) 後遺障害慰謝料 金一〇〇〇万円

(4) 弁護士費用 金六四二万三一二九円

5  填補

被告らは、右4の損害について、合計金七三一万五七八二円の填補を行った。

6  相続

原告扇静湖(以下「原告静湖」という。)は要一の妻であり、同扇有希(以下「原告有希」という。)及び同扇利行(以下「原告利行」という。)はいずれも要一の子であるところ、前記のとおり要一は死亡したため、原告らが右4(損害)の請求権をそれぞれ法定相続分に従い相続した。

7  よって、原告らは、被告らに対し、被告青森定期については自賠法三条本文に基づき、同木村については民法七〇九条に基づき、本件交通事故による損害賠償請求として、同日産火災については前記自動車保険契約中の直接請求権の行使として、右4(一)の合計額から右5の填補額を控除し、これを原告らの法定相続分に従い分割した金額の内金である請求の趣旨1記載の各金員及び要一の死亡日である平成元年七月四日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を主位的に求め、これが認められないことを解除条件として、右4(二)の合計額から右5の填補額を控除し、これを原告らの法定相続分に従い分割した(一円未満切捨て)請求の趣旨2記載の各金員及び右同日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を予備的に求める(被告日産火災に対する請求は、いずれも同青森定期に対する請求が確定することを条件に求める)。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、(一)は認め、(二)は知らない。

2  同2のうち、(三)は認め、その余は否認する。

3  同3のうち、要一が原告主張の日時、場所において死亡したことは認め、その余は不知ないし否認する。要一の死亡は、同人の自由意思に基づく行動の結果であり、本件交通事故との間に相当因果関係は存しない。

4  同4のうち、(一)(1)は認め、その余は否認する。後遺障害による逸失利益については、要一の死亡時までに限られるべきである。

5  同5は認め、同6は知らない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1(交通事故の発生)の事実のうち、(一)(事故の内容)については当事者間に争いがなく、〈書証番号略〉によれば、同(二)(事故の結果)が認められる。また、同2(責任原因)の事実のうち、(三)(被告日産火災の責任原因)については当事者間に争いがなく、〈書証番号略〉を総合すれば、同2(一)及び(二)(被告青森定期及び同木村の責任原因)の各事実を認めることができる。

したがって、被告青森定期及び同木村は、連帯して、本件交通事故によって要一が被った損害を賠償すべき責任があり、同日産火災は、同青森定期に対する本判決が確定したときは右損害賠償責任の額を支払うべきものである。

二進んで請求原因3(要一の治療経過及び死亡に至る経緯)について判断する。

1  〈書証番号略〉、証人阿部毅の証言及び原告静湖本人尋問の結果によれば、以下の事実を認めることができる。

(一)  本件事故以前の要一の状況

要一は、昭和一九年九月七日に出生した後、本人の意思で高校を中退して仮枠大工として働くようになり、昭和四六年一月二九日に原告静湖と見合結婚をして、翌昭和四七年二月二五日に長女原告有希が、昭和四九年二月二日に長男原告利行がそれぞれ生まれ、その後は父扇清次、母扇キヨ及び右扇キヨの姉の三人を含めた七人家族で暮して来ており(父扇清次は昭和六二年一一月一五日に死亡。)、一家の家計は要一の仮枠大工としての収入と原告静湖の製パン工場での稼働から得られる収入とで維持されていた。

右の仮枠大工としての仕事は、以来、勤務先の工務店を数店転々とし、また、途中約二年間東京へ働きには出たものの、継続して行って来ており、本件交通事故当時は、昭和六一年七月一日に入社した建設関係のビル型枠工事を主な業務とする阿部工務店において働いていた。阿部工務店での要一は、一人前の大工として仕事の能力の点においては他の者(同店の従業員数は、当時二五、六名であった。)とかわらず、日当の形で得ていた給与も、昭和六二年の実収入額は、他の者とほぼ同額の金二〇八万五七五〇円であった。

また、仕事外での要一は、ときおり、本件死亡事故現場付近の海へ行き貝などを採ってきては、家族で食べたり隣近所へ配るということを行っており、飲酒については、毎晩二合か三合程度の晩酌をたしなむという程度であった。

(二)  荘内病院に入通院期間中の要一の状況

本件交通事故当日、本件傷害を負った要一は、半昏睡状態で事故後直ちに救急車で荘内病院に搬入され、当日のうちに壊死組織除去及び縫合、左脛骨骨折接合等の緊急手術を受け、その後、原告ら主張のとおりの入通院(入院期間中、脳神経外科への入院は、本件事故日から昭和六三年二月二三日までであり、その後、同月二四日から同年三月一六日まで及び平成元年二月二〇日から同年三月一日までは同病院の整形外科に入院した。)を行って治療を受け、本件後遺障害を残して平成元年六月二六日症状が固定した。その経過の詳細は、次のとおりである。

(1) 脳神経外科関係の症状

本件交通事故当日の意識レベルはⅢであり、当初は会話も困難であったが、三週間後の同月二一日には意識レベルはⅠまで改善し、見当識障害も、その後しばらくは自己の名前や年齢等の質問に対し見当違いの答えを繰り返したが、同年二月に入ったころからは、依然つじつまの合わない言動はあるものの、自己の住所や職業を的確に答える等改善がみられ、同月二三日に脳神経外科での入院治療は終えることとなり、整形外科での治療のため転科するはこびとなった。その後、脳神経外科へ通院して内服治療を続けた結果、入院期間中(一月二二日及び二月二二日)には異常と診断された脳波も、昭和六三年四月八日の検査では正常なものへと回復した。しかし、自発性の低下、感情の変動、物忘れなどの症状は依然として認められる状態で、同年五月二六日施行されたWAIS知能検査では、前示のとおり、動作性IQが六四、言語性及び全体IQについては換算できず、課題理解が困難で思考能力も低下し、知的機能の低下が顕著である旨の診断がなされ、平成元年にはいってからも、頭重感、右頭痛とあわせて右のような状況が続いた。

要一の病状の見通しや後遺障害の残存可能性について、荘内病院脳神経外科での要一の主治医であった黒木医師は、昭和六三年八月二九日の時点において、「発症時の状態から現在の経過を見れば、徐々に回復してゆくと思われるが、時期については見通しは立てにくい。病前の状態については不詳であるが、多少の注意力低下、物忘れなど後遺症の残る可能性がある。」との診断を、同じく主治医であった八木医師は、平成二年二月一〇日の時点で、「本人の意欲次第で決まると思う。受傷前のIQがわからない為、現在の状況との比較ができない為、知能低下が残る可能性はあるが、断定できない。」、また、右WAIS検査後の要一の知能程度につき、「知能は、一九八八年五月二六日のWAISの結果と比べ、同程度であったと思われるが、明確な根拠があるわけではない。」旨の診断を、それぞれ行っている。

(2) 整形外科関係の症状

前示の入院期間中、当初は、右の脳神経外科関連の精神、意識障害が強く目立っていたこともあり、手術後特段の症状が見られなかったが、精神、意識障害が回復するにつれて、昭和六三年二月初旬ころから右足、腰部等の痛み、左つま先の痺れ、知覚低下、左下腿の熱感等をしばしば訴えるようになったが、同月下旬ころからは、それまで車椅子を使って移動していたのが時には松葉杖を使用せずに病院内を歩行できる程度にまで改善した(医師による松葉杖を使用しての歩行許可は同月二二日に出ている。)。

荘内病院整形外科での要一の主治医であった渡部医師は、昭和六三年八月二九日の時点において、現症状は「腓骨神経麻痺(左第一趾背屈不能、左足のシビレ)、骨折部の骨癒合は良好、右肩痛(夜間痛)」、今後の見通し及び後遺障害の残る可能性は「本人の就労意欲が最も重要と考える。神経麻痺に対し、外科的処置を要すかどうかの判断はもうしばらく回復状況をみないと下せない。腓骨神経麻痺の回復はむずかしいと考える。」との診断を、同長谷川医師は、平成元年一月二七日の時点において、現症状は「歩行は可能。左下腿骨骨折はX線所見上骨癒合している。左腓骨神経麻痺。右肩関節周囲炎可能域制限あり。」、今後の見通し及び後遺障害の残る可能性は「左腓骨神経麻痺が回復する可能性は低い。右肩痛も経過からみて完治するのは難しいと考えます。」との診断を、それぞれ行っている。

(3) 眼科関係の症状

整形外科関係の症状と同様、本件交通事故から一ヵ月ほどは精神、意識障害が前面に立っており、その後、昭和六三年二月中旬ころから複視を訴え始め、同月一八日には、両眼近視性乱視、両眼底網膜出血、乳頭周囲に出血と軟性白斑を若干認める旨の診断を受けた。

荘内病院眼科での主治医である野々村医師は、昭和六三年九月八日の時点において、現症状として複視が認められ、これは少しずつ回復しているようであるが、完全に回復するか又いつ頃回復するか予想はつかない旨の診断を行っている。

(4) その他社会生活面での状況

要一宅から荘内病院への通院にあたっては、電車及びバスないしタクシーを乗継いで行くことが必要であり、要一は、退院後当初は原告静湖らの付添いを受けていたものの、途中からは一人で通院するようになった(その時期は明確ではない。)。右期間中、荘内病院へ通院する他は、要一自身は働きたいとの意思を有していたが、原告静湖や阿部工務店の経営者である証人阿部毅らが、医師からの指示に基づき働かせないよう配慮したため、三日間ほど阿部工務店に出て材料整理の仕事を行った(この時期についてもはっきりしない。)他は、畑仕事の手伝いを行ったり、リハビリテーションを兼ねて天気のよい日は毎日のように海辺の散歩を行い、貝などを採ってきては家族に食べさせるなどしていた(この時期の要一の土木作業への就労可能性につき、前示黒木医師は「注意力も低下しており、難しいものと思われる。具体的には、作業内容によって可能なこともあると考えるが、安全にという点については保証の限りではない。」との診断を、同野々村医師は「危険性の少ないものや細かい仕事でなければ可能と思われる。」との診断を、同渡部医師は「左足のシビレをかなり苦痛に感じているようで、就労は可能にしても、集中力に関しては多少の影響を与える可能性あり。」との診断を、同八木医師は「可能と思われる。」との診断を、同長谷川医師は「まだ困難でしょう。」との診断を、それぞれ行っている。)。また、飲酒については、依然晩酌は続けていたものの、その飲酒量は本件事故以前と比べて少なくなり、他に、ときおり家族に隠れて酒屋へ行き飲酒しているという程度であった。

(三)  本件死亡事故当日の要一の行動

本件死亡事故当日は、前日から降っていた雨は朝には止んでおり、日中は日も照っていたが、海中は濁っており水温は摂氏二〇度ほどであった。前夜に焼酎の水割りを約三合飲んでいた要一は、自転車に乗って自宅から約三〇〇メートル離れた本件死亡事故の現場まで行き、ウエットスーツを着て、重りのベルト及び足ひれをつけた格好で貝採りを始め、一回は貝を採って陸に上がったが、再び海中に入って行き、心臓麻痺を起こして死亡した。発見されて海中から引き上げられたとき、海水を飲んだ形跡はなかった。

2 右認定の事実によれば、要一は、本件交通事故により本件傷害を負い荘内病院で入通院治療を続けた結果、平成元年六月二六日に本件後遺障害を残して症状が固定したが、いまだ本件交通事故以前のような就労が可能な状態ではなかったため、リハビリテーションを兼ねて毎日のように海へ行って貝などを採る生活をしていたところ、本件死亡事故により死亡するに至ったものと認めることができる。

原告らは、本件死亡事故当時、要一は本件交通事故により一種の神経衰弱状態ないしアルコール依存症に陥っていたために、酒気を帯びた状態で水温摂氏二〇度の海中に入るという正常な判断能力を有するものであればなさないような行動に出て死亡したものであるから、要一の死亡と本件交通事故との間には相当因果関係があると主張する。なるほど、要一は、本件交通事故以前は何ら問題なく通常の仮枠大工として稼働していたのであり(なお、〈書証番号略〉及び原告静湖本人尋問の結果によれば、前示の東京での稼働期間中、要一は、金属バットで頭部を殴られ頭蓋骨骨折等の傷害を負って約一ヵ月間入院しており、その痕跡はCTスキャン上も残存していることが認められるが、前示認定の本件交通事故以前の要一の状況に鑑みれば、右受傷は特段の後遺障害を残さず治癒したものと推認するのが相当である。)、本件交通事故に遭遇して本件後遺障害を残すことがなければ、リハビリテーションを行う必要もなく、大工として稼働していたであろうから、平日の日中(本件死亡事故は平日の日中に発生している。)に海へ行って貝を採るなどという行動に出ることはなかったであろうと推認される。したがって、本件交通事故がなければ本件死亡事故もなかったという意味での条件関係の存在は否定できないところである。しかしながら、本件交通事故による要一の症状は、荘内病院への入通院を行って治療を続けるうちに次第に回復に向かっていたのであり、前示認定の事実経過に照らすと、原告らが主張するように、本件死亡事故当時、要一が神経衰弱状態ないしアルコール依存症に陥っていたと認めることはできないし、本件死亡事故を招いた貝採り自体、正常な判断能力を欠く者の行った無謀な行動と認めることもできない。そして、他に要一の死亡と本件交通事故との間に相当因果関係があることを認めるに足りる証拠はない。

したがって、要一の死亡と本件交通事故との間に相当因果関係があることを前提とした原告らの主位的請求は理由がないといわなければならないが、本件傷害ないし後遺障害と本件交通事故との間に相当因果関係があることは前示認定より明らかであるから、被告らはこれらに基づく損害の限度において責任を負うものというべきである。

三続いて請求原因4(二)(要一の損害・予備的請求)について判断する。

1  治療費 金三七三万〇七七八円

当事者間に争いがなく、右金額となる。

2  入院付添費 金五万六〇〇〇円

原告静湖本人尋問の結果によれば、要一の妻である原告静湖は、前示の要一の各入院期間中、本件交通事故日である昭和六三年一月一〇日から二週間ほどは荘内病院に泊り込みで付添看護を行い、その後の期間は自宅から通院して付添看護を行ったことが認められるところ、〈書証番号略〉及び原告静湖本人尋問の結果によって認められるところの、荘内病院は完全看護制を採っているものの、前示八木医師の診断では、右本件交通事故日から同月二三日までの一四日間については、要一の意識障害及び精神機能障害から特別に付添看護を要したとされていること、他方、その後の期間については、原告静湖の方で要一の病状を気遣い自らの意思で付添看護を行ったこと等の事実に鑑みれば、右付添看護は、本件交通事故日から同月二三日までの一四日間についてその必要性を肯定しうるものというべきである。そして、右付添費用としては、一日あたり金四〇〇〇円と認めるのが相当であり、これに従い算定すると、右金額となる。

3  入院雑費 金九万二四〇〇円

〈書証番号略〉及び弁論の全趣旨によれば、要一の前示各入院期間中、諸雑費の出捐を行ったことが推認され、その費用として原告らが主張する右金額は相当なものと認めることができる。

4  医師等への謝礼 認められない。

原告静湖本人尋問の結果によれば、荘内病院の医師や看護婦に対し酒や菓子等の謝礼を贈り、その費用として金一〇万円程度の出捐を行ったことが推認されるものの、このように贈与として行われる謝礼は、贈与する者の医師等に対する感謝の意を表わすものであって、義務として行われるものではなく、これを被告らの負担に帰せしめるべき理由を見出し難い。したがって本件交通事故による損害として認めることはできない。

5  文書料 金二万七一八〇円

〈書証番号略〉(いずれも領収書)及び原告静湖本人尋問の結果によれば、〈書証番号略〉の診断書等の文書料として金二万四二七〇円の出捐を行ったことが認められ、これに、〈書証番号略〉等の診断書の存在及び前示〈書証番号略〉で認められる診断書等の一通あたりの単価を考えると、文書料として、少なくとも原告らが主張する右金額の出捐を行ったものと推認することができる。

6  通院交通費 金八万八一六〇円

〈書証番号略〉及び原告静湖本人尋問の結果によれば、前示の荘内病院への通院には、要一宅からの交通費として、片道合計金一一六〇円を要したことが認められるから、これに従い算定すると、通院交通費として、少なくとも原告らが主張する右金額を認めることができる。

7  休業損害 金二二七万六〇三八円

前示認定のとおり、要一は、本件交通事故により、その事故日から死亡日までの間、三日間程度稼働したほかは阿部工務店での仕事を休み、同社から給与の支払を受けられなかったことが認められる。そして、前示の入通院経過、通院時の要一の状態等からすれば、前示各入院期間の全日数(七七日)について全額の休業損害を認めるほか、症状固定日(平成元年六月二六日)までの通院期間(延べ四五九日)については平均してその受けるべき給与の七割の休業損害を認めるのが相当である。そこで、前示の昭和六二年における要一の実収入額を基礎とし、右期間の休業損害を算定すると、次のとおり右金額となる(一円未満切捨て)。

208万5750円÷365日×(77日+459日×0.7)=2276038.972

8  後遺障害による逸失利益 金九四三万一五四七円

前示の本件交通事故以前の要一の状況からすれば、要一は、本件交通事故に遭わなければ症状固定時の年齢四四歳から稼働可能年齢である六七歳までの二三年間につき、少なくとも昭和六二年における同人の実収入額である二〇八万五七五〇円の収入を得ることができたものと推認され、入通院期間中にみられた要一の症状及び後遺障害の程度に鑑み、労働能力喪失率を四〇パーセントとし、生活費の控除率を一二パーセントとして、ライプニッツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して、要一の逸失利益の本件事故時における現在価格を算定すると、次のとおり右金額となる。

208万5750円×0.4×(1−0.4×0.3)×(13.7986−0.9523)=9431547.919

ところで、被告らは、後遺障害による逸失利益を算定するにあたり、要一の死亡の事実を斟酌して、逸失利益は現実の死亡時までのものに限られるべきであると主張する。

そこでこの点について考えるに、後遺障害の算定は、被害者の経歴、年齢、職業、健康状態その他の具体的事情を考慮した上で、経験則に基づき、その後遺障害が被害者の収入に影響を及ぼすであろうと考えられる期間を想定して行うものであり、右具体的事情の中には不法行為後その損害賠償請求事件の口頭弁論終結時までに生じた事情も含まれうるものというべきである。したがって、加害者の不法行為によりその労働能力に影響を及ぼすような後遺障害を残して症状が固定した被害者がその後口頭弁論終結時までに死亡した場合においても、右死亡の事実は被害者の逸失利益の算定にあたり考慮の対象となりうる(後述するように少なくとも生活費控除の点ではこれを考慮するのが相当である。)ものではあるが、右死亡を理由に逸失利益の継続期間を死亡時までとするためには、その死亡が被害者の寿命であったと評価しうるものでなければならず、死因により事実上の推定が働くことがあることはともかく、原則としては、加害者において、当該不法行為がなくとも被害者が右死亡時に確実に死亡したであろうことを立証しなければならないものと解するのが相当であり、また、このように解することが公平の原則にかなうこととなる(なお、その死亡につき第三者が責任を負うべき場合においては、当該第三者は前の不法行為による後遺障害に基づく労働能力の喪失から生じた逸失利益分につき賠償責任を負わないから、被害者が死亡による全損害の完全な賠償を不足なく受けるためには、死亡と前の不法行為との関係を問うことなく、想定される稼働可能期間中の右逸失利益分の賠償を前の不法行為者から受けるべきことは明らかである。)。これを本件についてみるに、要一の死亡については、前示のとおり本件事故との相当因果関係は認め難いものの、条件関係的な因果関係は是認しうるものであるから、本件交通事故がなくとも、本件死亡事故によって死亡したものと推認し、これを寿命による死亡と認めることは困難である。したがって、この点に関する被告らの主張は採用できないものといわなければならない。

もっとも、要一の家族関係からすれば、後遺障害による逸失利益の賠償分のうち三割は、要一の生活費に充てられるべきものであったところ、要一の死亡によりその後その生活費の支出を免れていることは疑いがないから、右認定の労働能力喪失率の三割に相当する割合の控除を行うこととする。なお、前示認定の症状固定日と死亡日とは殆ど間隔がない。

9  慰謝料 金八五〇万円

前示認定の本件交通事故の態様、要一が本件交通事故により負った傷害の内容及び程度、入通院経過、残存した後遺障害の内容及び程度、その他、家族である原告らに与えたであろう影響等本件に現われた一切の事実を斟酌すれば、本件交通事故による要一の精神的苦痛を慰謝するための金額は、右金額と認めるのが相当である。

10  以上、弁護士費用を除く損害額は、合計金二四二〇万二一〇三円である。

四填補について

請求原因5の填補額については当事者間に争いがない。そうすると、原告らが請求しうる弁護士費用を除いた損害額は、金一六八八万六三二一円となる。

五相続について

〈書証番号略〉によれば、請求原因6(相続)の事実を認めることができる。したがって、弁護士費用を除いた原告らの損害額は、原告静湖が金八四四万三一六〇円、同有希及び同利行が各金四二二万一五八〇円ということになる(一円未満切拾て)。

六弁護士費用について

原告らが本訴訟の提起及び遂行を原告ら代理人らに委任したことは当裁判所に顕著であるところ、本件事案の難易、経過、認容額等を考慮すると、弁護士費用の額は、原告静湖が金八五万円、同有希及び同利行が各金四二万円とするのが相当である。

七以上により、本訴各請求は、原告静湖については金九二九万三一六〇円、同有希及び同利行については各金四六四万一五八〇円、並びに要一の死亡日である平成元年七月五日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を被告青森定期及び同木村に対して求め、また、被告青森定期に対する本判決が確定したときに右同額の各金員の各支払を被告日産火災に対して求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官稲葉威雄 裁判官石原稚也 裁判官江原健志)

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